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インタビュー編

多くの患者・家族の会が作られ、多くの世話役・役員の方々がその役割を担ってきました。ここでは、日本の患者運動の初期の活動を担った方々の生の声を通して当時の困難の実態や活動の様子、さまざまな工夫などの様子を収録し、将来の患者・家族の会の世話役・役員の方々に伝えたいと思います。


戦後の結核病院での患者支援から医療ソーシャルワーカーの草分け的存在に

児島美都子氏

  • 日本福祉大学名誉教授
  • 地域にむすぶ高齢者の医療と福祉 出版社: ミネルヴァ書房 /社会福祉の法律入門 出版社: 有斐閣; 第3版版 /
    新 医療ソーシャルワーカー論—その制度的確立をもとめて 出版社: ミネルヴァ書房 /福祉のこころ 福祉の実践
    出版社:労働旬報社 /寝たきりを作らない福祉 出版社:ミネルヴァ書房
【インタビューア:伊藤たてお、永森志織】

戦後、家族が結核で入院し、織本病院の患者会のボランティアから医療ソーシャルワーカー(MSW)に。病院の給食改善を行ったところ、退院後の患者さんが行く先々の病院で給食、待遇改善を求める患者会を作って活動。その後の患者運動につながって行った。結核回復者の就職や結婚などの社会復帰の支援を行うなどMSWの草分け的存在に。人間裁判と呼ばれた朝日訴訟では日用品調査について証言。その後東京コロニーのソーシャルワーカーとして活躍し、ゼンコロの事務局長となり、その後日本福祉大学で研究の道に入った。

(2009/3/25 名古屋市内の児島美都子氏自宅(長ハウス)にて)


難病連での学生ボランティア経験を経て医学教育のプロ

藤崎和彦氏

  • 岐阜大学医学教育開発研究センター教授
  • 1959(昭和34)年生まれ
  • 北海道大学医学部医学科卒業
【インタビューア:伊藤たてお、永森志織】

北大医学部の学生だった頃に北海道難病連でボランティアとして活動。医療過疎の地域での難病検診に同行し、エレベーターのない会場で車椅子の患者さんをかついで運んだり、村長さんや保健師さんなどとお酒を飲みながら地域医療について語り合った。現在は全国の医学部をはじめ医療系の先生たちへの医学教育を行っている。

(2009/3/25 岐阜大学医学教育開発研究センター)


夢は大阪難病センター建設

濤 米三氏

  • NPO法人大阪難病連 常務理事・事務局長
  • 1940(昭和15)年2月26日 京都府舞鶴村(現舞鶴市)生まれ
【インタビューア:伊藤たてお、永森志織】

1971(昭和46)年、30歳で糸球体慢性腎炎を発症。1972年に大阪難病団体連絡協議会が結成され、その約1年後から現在まで事務局の仕事を続けている。難病講座、カラオケ大会、作品展、劇団などユニークな活動を続け、2006(平成18)年より大阪府から難病相談支援センターの委託を受けて運営中。大阪難病センター構想を実現させるのが一番の夢。

(2009/2/23 大阪難病連(大阪府城東庁舎)


我が子の病気がきっかけで京都難病連結成

  • 京都難病連 元事務局長
  • 加納 正雄(かのう まさお)氏
インタビュー日:
2009年3月24日
進行役:
伊藤たてお

今、日本の患者会を編纂しているのですが、その中の年表編、資料編についてインタビュー、座談会というのも取り組むことになっていまして、主に古い患者運動の方々にお尋ねして回っています。加納さんが患者会に入った動機、京都難病連の結成などについて教えてください)


草創期の患者会設立から大阪難病連設立へ
−患者団体の機関誌が医師や看護師の情報源になった時代−

  • 全国筋無力症友の会
  • 浅野 十糸子(あさの としこ)氏
インタビュー日:
2009年3月26日
進行役:
伊藤たてお
伊藤
大阪難病連あるいは全国筋無力症友の会大阪支部について、結成当時の難病患者を取り巻くいろいろな状況、そういう中でどうして患者会を作ることになったか等を教えてください。


車椅子の保健婦さんの活動と岐阜県難病連

  • 岐阜県難病連 会長
  • 松田 之利(まつだ ゆきとし)氏
  • 阜県難病連 事務局長
  • 安藤 晴美(あんどう はるみ)氏
インタビュー日:
2009年6月25日
進行役:
伊藤たてお
松田
ここは岐阜県難病連とか難病相談支援センターという名称ではなく、全国で唯一、生きがいサポートという名称になっています。同じものです。